vol.07

ミュージシャン
吉田靖直さん

「まぬけ」という価値観に、今を生きるヒントがあるのでは?
今回7回目の連載でお話を聞くのは、ミュージシャンでありエッセイストでもある、吉田靖直さん。独特の世界観で知られる吉田さんですが、その暮らしぶりやキャラクターでも人気です。自分が「まぬけ」だと認めてから生きやすくなったという吉田さんの「まぬけ」についてのお話をうかがいました。 

吉田靖直(よしだ・やすなお)

ミュージシャン、エッセイスト。1987年生まれ、香川県出身。早稲田大学在学中に結成したバンド、「トリプルファイヤー」で、ボーカルと作詞を務める。著書に『今日は寝るのが一番よかった』(大和書房)、『ここに来るまで忘れてた。』(交通新聞社)、『持ってこなかった男』(双葉社)がある。2024年、トリプルファイヤーは7年ぶりのアルバム『エクストラ』(仮)をリリース予定。

加齢とともに焦りはなくなった

自身のYouTubeチャンネルの現場でもある、ご自宅の一室で話をうかがいました。

今日は、吉田さんのお家にお邪魔しています。駅から少し離れていて、街の喧騒と無縁ないい場所ですね。どんな経緯でこのお家に?

吉田センパイ
居候です。大学時代のバイト先の先輩に貸してもらっていて。隣の家に10年くらい住んで、いったん出たんですが、今度はこの家を貸してもらいました。居候とはいえ、一応月3万円は払ってますけど。

ところで後ろの仏壇に骨壷がありますが……。

吉田センパイ
あれは犬の骨です。最初は僕も人骨だと思ってました。

見知らぬ犬の骨と暮らすというのも、吉田さんならではですね。

吉田センパイ
いや、見知らぬ犬ではないんですよ。10年間、隣に住んでいたときはよく見かけてたんで。

失礼しました。ところで、今年7年ぶりのアルバムが完成したそうですね。吉田さんがボーカルとして活動するトリプルファイヤーは、早稲田大学在学中の2006年に結成されています。もうすぐ20周年というのも驚きですが、なぜ前作から7年も空いたんですか?

吉田センパイ
アルバムっていう“作品”を作るって感じになかなかならなかったのかな。とはいえ、曲は溜まってきたので、そろそろまとめようかなと。そしたらコロナがあって……それで今ですね。自主製作でやってるんで、ちょっとダラっとしちゃうんですよね。

たしかにトリプルファイヤーも吉田さんご自身も、知名度も人気もあるのに、失礼ながら“売れっ子”という印象はありません。そこに焦燥感はおぼえますか。

吉田センパイ
そういう焦りは加齢とともに薄まりました。大学生のときなんて「俺はこんなもんじゃねえ」って思いながら、結局なにもできない感じで焦りだけはあったんですけど。でも今は「人って案外こんなふうに生きていけちゃうんだな」ってラクになりました。それが本格的にヤバい可能性もあるので、いいか悪いはわかりません……。

まぬけだと諦められたから、 うまくいった

トリプルファイヤーの楽曲は、ストイックな演奏とは裏腹に、なんだかとぼけているけど真理を突く歌詞が痛快で、その「ぬけ」のあるギャップにやられます。吉田さんは「まぬけ」を俯瞰して、そのいいところを抽出しているように思います。

吉田センパイ
えっと、俯瞰できてるように見えてますか? それならいいけど……それより僕自身がまぬけっぽくないですか? それでインタビューの依頼が来たと思ってました。昔からまぬけっぽくて、子どものときからクラス替えで自己紹介すると、自然と笑いが起きるんですよ。別におもしろいことを言ってるわけじゃないんで、きっと「コイツは笑ったりイジったりしても大丈夫なヤツだ」って思われてましたね。あと、僕はこのとおり喋るのが遅くて、それもまぬけっぽい。

まぬけですかね? 思慮深く見えるというか、「すごいこと考えてそう」って思います。

吉田センパイ
そう見てもらえたら嬉しいですけど、実際やっぱりなめられやすいです。最近は喋るスピードが早い人のほうが、頭の回転が早そうとか、生物として強いみたいな風潮があるから余計に風当たりが強い気がします。

でもYouTubeチャンネル『ブチ抜く吉田』は、吉田さんのゆったりした暮らしぶりと語り口が癖になります。実際、コメント欄にも「倍速で見たらもったいないコンテンツ」と書いてあるのを見ましたよ。

「ブチ抜く吉田」では、吉田さんの暮らしにまつわるドキュメントを配信している

吉田センパイ
そういう声はうれしい反面、自分で見ててもよくわからなくて。ちょっと話すの遅すぎて見てらんないなぁと思うこともある。「溜めたわりに大したこと言わねえな」って(苦笑)。でも、喋るのが遅いこととか、まぬけっぽく見られることも、だいぶ受け入れられるようになりました。だからか最近、この家を貸してくれている先輩から「お前も“クズ”が板についてきたな」って言われたんですよ。

「クズ」ですか……。吉田さんにとって「クズ」と「まぬけ」は同じですか?

吉田センパイ
あぁ、どうなんだろう……。クズは、「能動的」と「受動的」に分けられると思っていて。僕みたいに、やるべきことができないとか、ついつい怠けちゃうのは「受動的なクズ」で、これは「まぬけ」っぽい。「能動的なクズ」は、他人や自分を傷つけがちな人なので、僕はこっちといっしょにしてほしくないです(笑)。

本当は「受動的なクズ=まぬけ」になりたいわけじゃないけど、やっぱりどうしても怠けてしまうし、自分で決めたノルマさえ達成できないっていう性質はもう変えられないので。でも「俺まぬけだし、しょうがないや」って諦めることができてストレスも減ったから、悪いことばかりじゃないですよ。

まぬけであることが、具体的に役立つ場面ってありますか。

吉田センパイ
ありますね。テレビに出ても「コイツまぬけっぽいなぁ」とマイナスイメージからスタートするんで、ちょっとまともなこと言った途端「なんだ、意外と頭いいじゃん」ってなる。それで結果的にいいイメージを残せているかもしれない。あと、飲み屋でも初対面の人に小馬鹿にされることがあるんですけど、いきなり鋭い切り返しができると圧倒できるんで、ああいうのも気持ちいいです。酔拳みたいな感じで。

トリプルファイヤー公式チャンネルでは、ライブ映像も配信

ステージ上ではいかがですか? ロックバンドで、しかもフロントマンだと、ある程度カッコつけることも求められるのかなと思うのですが。

吉田センパイ
そうでもないです。バンドをやるうえでも、まぬけはプラスに作用している気がします。いや、まぬけがプラスっていうより、まぬけである自分を受け入れたことで、パフォーマンスも見やすくなったって感じですかね。どう見たってまぬけな僕が「最高の夜にしようぜ!」とか言ってもキャラに合わないし、お客さんが引くじゃないですか(笑)。だから僕らの曲と同じ感じで、普通にダラっとしたことを言ってます。一応、歌うときは自我を忘れたいとは思っているんですけど、プロとしてお客さんを盛り上げるところからは逃げてますね……。

もっとトリプルファイヤーが売れる時代になればいいのに、と思います。

吉田センパイ
いや、僕にはみんなが幸せになるような曲は書けないんで、それは無理ですし、大丈夫です。その仕事は、ミスチルとかスピッツのような“メインストリーム”の方々がやってくれているので。あの人たちのおかげで自分はニッチな隙間にいられるので、ありがたいです。

自分の本質は差し出さずに、 受け流す

自他ともに認める“まぬけ”となった吉田さんですら驚くほどの、まぬけな方は周りにいますか。

吉田センパイ
それこそ今、隣に住んでる高校時代の同級生・イケダはすごいです。人として大事な部分がけっこう抜けてるのに、それでも生きていけてるんで。

大事な部分とは?

吉田センパイ
デリカシーが欠如してるんですよね。普通に。初対面のバンドマンに「音楽で食っていけてるんですか?」とか繊細な部分にいきなり切り込んだりするし。間借りで飲食業をやっているみたいですけど、いろんな店を転々としてて。たぶん衝突して辞めるのを繰り返してるんじゃないかと思うんですけど。でも彼はそこでヘコたれないし、自分を曲げないで「向こうが悪いやろ」って顔でいられる。まったく焦ってないっていうか(笑)。40代目前にしてまだフラフラしてて、普通なら「いい年こいて、俺なにやってるんだろう」って気落ちするじゃないですか。でも、イケダは強くて、焦っているように見えない。この図太さは、シビアな時代を生き抜くうえでは強いんじゃないかなぁ……まあ、僕自身も他人から「もっと焦れよ」って言われることもありますけど……。

そうなんですね(笑)。

吉田センパイ
個人的には、どんなまぬけも、クズも、生きていける世の中であってほしいんですけど、でも、イケダに会うとちゃんと腹が立つから、自分の思想を試される気がします。アイツを受け入れないと「多様性が大事」とか言っちゃいけないって思うというか。まぁ、彼を見てると、僕もラクになる部分はあって。「なんでこの状況で悩まないの?」って人を見ていると、自分も気張らなくていいって思えてくる。そういう意味ではああいう人間がいてもいい。普通にイラっとはするんですけど……。

でも吉田さんも図太いところがありますよね。自分が引っ越した後の家に友人が住み始めているのに「この家をスタジオにしたい」と交渉したり。

吉田さんが引っ越した後の家に住み始めた元々の住人「シンくん」とイケダさんに対して「この家を”ブチ抜きスタジオ”にしたい」と交渉する「お引越し」回。無茶な提案に正論を返されて、のらりくらりとかわそうとする様子が人気。

吉田センパイ
いやぁ、そんないいもんじゃないです。ふだんから、すごく言い訳をしてしまうだけで、交渉でもなんでもないです。一応、心にもないことは言っていなくて、全部本音で喋ってるんですが……。僕はけっこう生物として弱そうだから、相手も「最終的に本当にムカついたら、ぶっ倒せるだろう」ってところで警戒しなくなるんでしょうね。

すごい処世術ですね。

吉田センパイ
僕には隙しかないんで、それで気を許してもらえるだけです。まぁ自分的には「俺をなめんなよ」って気持ちで話してるつもりだから、情けないものです。

その“情けない”は、どう受け入れてるんでしょうか? 辛くないですか?

吉田センパイ
うーん、それも根底には「俺をなめんなよ」って気持ちがあるから耐えられるんだと思います。「いじられ力」って言おうかな。とことんやりこめられても、自分の本質は差し出さずに、受け流すというか。「吉田は本当にまぬけだなぁ」って思われても、僕も「お前も十分まぬけだよ」って思えてるから自分を保てる。『いじられ力』で本書いたら売れると思いますか? 「◯◯力」もここまで来たかって。

ちょっと時機は逃してる気がしますが……、おもしろそうです。もともとは、自分の「まぬけ」さを受け入れられなかった吉田さんですが、そこから考えるとすごいですね。

吉田センパイ
たしかにそうですね。鍛錬すれば誰でも習得できる心構えだと思いますけど。こっぴどく叱られてるときとか「お前は今たまたまこの場所にいるから偉そうにしてるけど、他の場所に行ったら絶対生きていけないぞ」って思ったりして、しのいでるだけなんで。僕はいつもこうやって問題の本質をずらしながら生きてるんです。

みんな吉田さんマインドになれば、世の中の皆がゆったりできそうです。では最後に、「まぬけのセンパイ」から一言いただけますか?

吉田センパイ
僕みたいな人間ばっかりになったら社会が回らないんで、困る気がします……。でも、今生きづらいなって感じてる人は、もっと言い訳したり、怠けたりして、いい感じでまぬけになったらだいぶラクになりそう。そのせいでお金は稼げなくなるかもしれないけど、気楽に生きていけるんで。

間貫けのハコ

間があって、貫けがある。間貫けのハコへ、おかえりなさい。