まぬけもの

vol.10

今回たずねたのは、アートディレクターでありプロデューサーのステレオテニスさん。80年代的グラフィックデザインの第一人者として知られていますが、 “ま”と“ぬけ”のあるものをお伺いすると、予想もしていなかった新たな視点をうかがうことができました。その理由に、耳を傾けていきませんか?

ステレオテニス

ミュージシャンやファッション、カルチャーシーンに関わるグラフィックデザインや空間プロデュース、イベント企画などを、80年代のノスタルジックな時代感を取り入れた作風で幅広く行う。2018年から、地元である宮崎県都城市と東京の2拠点で活動。これまでの経験を活かしたプロデュース業やクリエイティブディレクションに取り組んでいる。
Instagram @stereo.tennis

ものはコレクションするより、使いたい

ここ数年、テレビなどの大衆向けメディアで連日のように紹介され、平成生まれ以降の若い世代にも大人気の80年代カルチャー。今回登場するステレオテニスさんは、80年代のエッセンスを加えたグラフィックデザインを、いわゆる今のブームが始まる以前から手がけ続けてきた先駆者である。

「東京ガールズコレクション」のキービジュアルや、「電気グルーヴ」やULTRAJAPANの公式グッズ、東京ディズニーリゾートの施設『イクスピアリ』内のプリクラエリアの空間ディレクションに、ハローキティとのコラボレーショングッズ展開など、多種多様な仕事を通してあらゆる分野に80年代の要素を散りばめ、良さを再表現してきた。

「手がけてきた作風から、こんな雰囲気のものをコレクションしているイメージがあるかもしれませんね」と最初に見せてくれたのは、サンリオキャラクターの「るるる学園」などのメモ帳や交換ノート。ポップでほのぼのとしたタッチで、少女時代の記憶が蘇る女性も多いのでは。でも、ステレオテニスさんの実際の生活空間を彩っているのは、こういう類のものではないのだそう。

「自分の記憶と直結しすぎているものは、身近すぎてその世界に入り込んでしまうので、あくまで距離を取り資料として保管しています。ものに対するコレクション欲もあまりなくて、綺麗な状態を愛でるというよりは、生活の一部として使いたい派。ものが一番集まっているのは、キッチンかな」。ということで、まずはキッチンへお邪魔することに。

80年代プロダクトから、甥の落書きまで

最初に目に入ったのは、ステレオテニスさんといえばの80年代グラフィック全開なテーブルウェア。ドイツの食器メーカー『ローゼンタール』の、「ドロシーハーフナー」とのコラボシリーズのエスプレッソカップ&ソーサーとボウルに、100円ショップ『セリア』の80年製プレート。そして、真ん中と右上は、ステレオテニスさんが自らデザイン、販売をしていたオリジナルプレート。さすがは80年代的グラフィックの祖、年代ものと並べても自然に馴染んでいる。

続いて時計。ポストモダンをビンビンと感じさせるデザインとフォルムとカラーリングは、どこに置かれていても主役級の輝き!

「これは全部、80年代に量産された商業時計です。プロダクトデザイナーの三原昌平が手がけ、何より驚きなのは、当時『ロフト』でも買えたということ! 私は10年ほど前にバイヤーの方から購入して、置き型も壁掛け型も一通り揃えました。この時計は、デザインの仕事のインスピレーション源にもなりますね」

「80年代風」といえど、実際のところ80年代のものばかりあるわけではない。むしろそれ以前の、80年代のエッセンスが育まれる手前の年代のものも多いそう。時計と同じく至る所にあって気になったのは、『マクドナルド』のドリンクカップやバーガーボックス。でもそこには、あまり見覚えのないキャラクターが。聞けば、日本第一号店が50周年を迎えた2021年に、日本限定で作られていた特別パッケージなのだとか。

「『マクドナルド』ってもともと、マクドナルド兄弟が営んでいた町のローカル個人店だったそうです。それが、一人のビジネスマンによってフランチャイズ化されていったという歴史を、映画『ファウンダー』で知ったのですが、このスピーディーくんは兄弟のお店で使われていたマスコットキャラクター。その貴重な限定復刻が可愛くて、未使用のものを大切に持っているんです」

キッチンの壁には、ステレオテニスさんの甥が描いたというウサギの絵も。近くで見せてもらうと、どっちが頭かお尻かわからない得体の知れなさが妙。
「まぬけさがピカイチですよね。シルク版を作ってトートバッグを自作して知り合いに配ったほど、心を鷲掴みにされました」

宮崎にも縁深い、まぬけもの

まぬけを感じる愛らしい絵が出てきたところで、本題の“まぬけもの”のお話へ。ステレオテニスさんは現在、東京以外に地元の宮崎県都城市にも仕事の拠点を構えているため、今度は宮崎県で見つけたものが登場。

まず1つ目は、ステレオテニスさんが運営する『マムズドレッサー』というアップサイクルブランドから。都城市の婦人呉服店に残っていた、60〜90年代後半に製造されたデッドストックのタグ付き婦人服をセレクト販売しているのだが、そのタグがまぬけなのだそう。

「日本語的で直接的な英語の言い回しだったり、謎に詩が書いてあったり、ダジャレだったり、自由すぎて面白いんです(笑)。洋服自体のデザインも形も不思議なものが多くて、流行とか関係なく、一生懸命に楽しく作っていたのが伝わってくるんですよね。今は、どんなものでもコンセプトや意志が問われることが多いですが、こういう決め打ちのなさは使い手に気を使わせることもなくて素敵だと思うんです」

これらのタグは、もともと付いていた洋服と一緒にお客さんのもとへ。時を経てお客さんを笑顔にしていると思うと、ロマンチックだ。
(タグ写真提供:ステレオテニスさん)

宮崎県のもの其の二は、こちらの収納バッグ。忘れがちなものを詰め込んで、バッグを切り替える際もこのまま入れて持ち運んでいるという、便利とアイデアの塊。

「宮崎県三股町発のガレージメーカー『キママプロダクツ』が作っているものです。このメーカーは、現代の雇用システムに馴染めない人たちも働いていることと、廃材を再利用したもの作りが特徴。社会の端に置いてきぼりになってしまった人やものを切り離さずに受け入れる姿勢には、素直に心を動かされます」

地元に通ずるプロダクトをもう一つ。宮崎県串間市の海っぺりにあるカフェ『SEA BISCUIT PARLOUR』のカレンダーと、海で集めた貝殻。

「カフェのオーナー夫婦とは、私が宮崎で活動し始めた2018年に出合っていて、宮崎に行くたびに必ず会いに行きます。私の場合、仕事も遊びもグラデーションになっていて、本来“ぬけ”になるはずの遊びがないのですが、普段の世界から遮断された感覚をもたらして、自分の心に“ぬけ”を生じさせてくれる場所がこのカフェなんです。このカレンダーと貝殻を見るたびに落ち着いた気持ちになるので、その意味で“まぬけ”なものたちです」

カルチャーと精神世界

80年代と宮崎県。ステレオテニスさんのアイデンティティと仕事内容もたっぷりと拝見させていただいたが、これまでの延長で、近年新たに取り組んでいることがあるのだという。

「周りがやっていることや持っているものより、世の中では流行っていないものの中に自分なりの魅力を見つけていくのが昔から好きなんです。80年代テイストのデザインや表現を始めた時も、まさにそう。世間的には『古くてダサい』という認識でしたからね。でも、80年代が一般的に消費されるようになった今、私の興味の中心は別の方面に向いています」

そう言って指さしたのは、精神世界や宇宙や哲学などの題名が綴られた本。本棚はもちろん、ドレッサーにまで鎮座している。

「15年ほど趣味でタロットをやっていたり、目に見えない世界への好奇心はもとからあったのですが、コロナ禍になってからより一層人生や生き方とつながる精神世界について考える時間が増えました。そもそも精神性(スピリチュアリティ)というのは人にとって本質的な部分だと思うのですが、踏み込んで見つめてみると、刊行されている書籍の歴史も深い。70年代や80年代の雑誌でも時代背景とともに流行となりポップな特集が組まれたりしていましたが、今もなお厚い文化の層があるわけです」。

ゆくゆくは、この分野を新しい仕事にしていきたい! と今後の展望も語ってくれた。アンテナと興味の向くままに挑戦を続けるステレオテニスさんの笑顔は、晴れやか。

「でもね、こういう話って正直、怪しいと思われるかもしれない。ド直球に伝えても思想をおしつけてしまうだけですし。なので、自分の中で自分自身の体験と照らし合わせて、噛み砕いて食べやすくしたものを発信したいと思い、本や映画を観てまだまだ勉強中です。自己啓発系の本というのも、意外と距離が近かったりもするんですよ」

そんなステレオテニスさんにとっての現在のバイブル的存在は、アメリカのSFホラードラマ『ストレンジャー・シングス』。オフィシャルブックや、作中で登場するボードゲームやスイーツのパッケージが、リビングの目立つ位置に飾られている。

「いろいろ知ってから観ると、作中の80年代カルチャーの世界観の中に精神世界や目に見えない思想など秘められたメッセージが見えてくるんです。カルチャーも交えながら、胡散臭さはなく伝えていきたいと思っている私にとっては、そのバランスが抜群。こんなのが作れたら幸せだろうなあ」。

人のいない道にこそ、お宝がある

インタビュー終盤、ステレオテニスさんは「自分には“まぬけ”の習性がある」と呟いた。

「“まぬけ”は、人がまだ集まっていなくて、その存在を知っている人が少ない脇道や抜け道みたいなものだと思います。大多数が通る道を選んで安心する人もいると思いますが、私は、いかに逸れて、いかに違うものを見つけられるかが楽しいんです。人のいない方にこそ未知のお宝がある予感がしますし」

そんな脇道を見つけて満足して終わり、ではなくて、発信して大衆に受け入れられるまでを担っているのが、ステレオテニスさんの格好よさだ。

「マラソンで例えると、1番を走っていた人が一周早く回り切ることで、他の人たちと足並みが揃う感じがいいなと。時間がかかってもいいから、すみっこの脇役を光の当たる主役にしてあげたいですね。それが、“まぬけ”な生き方の醍醐味なのだと思います」

Editor’s note

聞けば聞くほどに、ステレオテニスさんの視点の面白さをうかがえた取材でした。本人は「資料だらけで素敵じゃない」というお部屋も、作品の世界観に通じるクールさと心地よさ。グラフィックデザインからプロデュースワーク、そして新たなシーンへ真っ直ぐ向かっていくステレオテニスさんに一貫しているのは、自身を育んできた環境や文化の山脈を見つめて、きらめくようなルートを見つけることなのかも。「触れてきたカルチャーは、すべて大切な自分の一部」と彼女は言いますが、本や雑誌に限らず、洋書やDVDやボードゲームも、いろんなものが地層のように折り重なる本棚をみながら、そう思いました。

間貫けのハコ

間があって、貫けがある。間貫けのハコへ、おかえりなさい。