vol.11
今回、“まぬけ”ものを見せてくれたのは、イラストレーターのたなかみさきさん。一見するとファンタジックながら、実際は身近なことを絵のモチーフにしているたなかさんは、寝て食べて働いて遊ぶといった日々の暮らしを何より大事と考えている生活者。そうしてこそ、“まぬけ”でいられるとおっしゃるのだ。はて、その心とは?
たなかみさき
日本大学芸術学部を卒業後、フリーランスのイラストレーターに。東京と熊本の二拠点で活動し、グッズ制作や出版物のイラストを主に手掛けている。恋や仕事、家族、性のことなどのリスナーの悩みに答えるJ-WAVEのラジオ番組『Midnight Chime』のパーソナリティも担当。著書に『ずっと一緒にいられない』『あ〜ん スケベスケベスケベ!!』(ともにパルコ出版)など。
Instagram @misakinodon
2つの拠点、東京と熊本
ノスタルジックでエロティック、と同時に、日常の雰囲気も漂う親近感あるイラストで、特に女性の心を掴んでいるイラストレーターのたなかみさきさん。それこそ、“ぬけ”のある無防備で可憐な表情や服装がアイコニックだ。
イラストは主に、東京と熊本にある2つの自宅で描いているという。東京では大学時代の友人とルームシェア、熊本ではパートナーと暮らし、約1ヶ月ごとに双方を行き来しているのだ。
「私は日々の生活が一番大事なので、それが乱れうる特定のものや娯楽に対して距離感を保つようにしていて。何かに熱中すると『何してるんだろ』ってすぐ我に返るくらい、もはや防衛本能のような感じ。なので、どちらの家にもコレクション的なものはなく、ただ自分と気が合いそうだなと思ったものを自然と迎え入れている感覚です」
生活第一と聞くと隙がないように聞こえるが、むしろそれこそが、心の“ま”や“ぬけ”をもたらしてくれるのだとたなかさんは言う。家で一緒に過ごしているものを見せていただきながら、その意味を説いてもらいました。
気が合うTシャツ
はじめに、たなかさん曰く「ダル着」として家や近所で着ているという古着Tシャツ。イギリスの女性ガールズポップグループのスパイス・ガールズ、昭和のバラエティ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」、「スーパーマリオブラザーズ」のゲームに出てくるスーパーキノコなどなど、“付加価値はつかずに安く売ってる変なモチーフもの”だそう。
「スパイス・ガールズのTシャツは、真ん中の妊娠したヴィクトリア・ベッカムを、みんなで地球儀模様のミラーボールを掲げて祝う演出が謎で、ちょっと笑えちゃう。こういう変わったものを見つけた瞬間が嬉しくて、つい買ってしまうんですよね。スパイス・ガールズは特に、女友達に支えられて過ごしている東京生活とのシンパシーも感じるので、お気に入りの一枚です」
その女友達を代表するのが、東京でルームシェアをしている友人。たなかさんがいうところの“同居人”である。
「2人してカラオケが大好きで、仕事が忙しい時は結構よく行きます。お酒は飲まず、汗ダラダラで歌うのみ。私たちの熱気で部屋のドアが曇ってしまうくらい、ストイックなカラオケです。同居人の誕生日には、室内で撮った写真を使ってオリジナルプリントTシャツを作ってみました。フリー素材の焚き火を合成し、全体を山賊風に加工。黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』をオマージュして『カラオケ砦の番』と命名。私の発注ミスで、プリントがお腹の位置になっているのはご愛敬です(笑)」
人には見せない時間をどう過ごすか
カラオケの話からわかるとおり、たなかさんと同居人は気のおけない関係性。曰く「好き嫌いも似ていて、楽しいことから真面目なことまでなんでも話せる存在」で、たなかさんがパーソナリティを務めるJ-WAVEのラジオ番組『Midnight Chime』に年末年始だけゲスト出演もしているのだ。
「年始は必ず、リスナーに書き初めをプレゼントしていて、これはその時の試し書き。私たちが夢中になっていたBTSのジョングクのソロ曲『Standing Next to You』をデカデカと書いただけの落書きですが、捨てずに家の壁に貼っています。他にも、筆ペンで偽のサインを書いたり、キラキラシールを買ってライターをデコったり、タッセル付きのキラキラニップレスをつけて夜な夜なはしゃいだり、とにかくふざけてばかり(笑)」
まるで、高校生が遊んでいるみたいな無邪気さ。でもこれが、心の“ま”や“ぬけ”を作る大事な時間。
「少し前、アルコール中毒まではいかずとも、お酒を飲まないと人前に出られないという時期があったんです。多分それは、自分が社会的に求められているキャラクターでいることに気を張り過ぎていたから。体調を崩したことを機に無理はしなくなりましたが、そのとき、帰る家が楽しい場所であることの大切さに気付きました。外には見せない私生活が充実していると、自分の中で楽しさの裏付けができて、人前で頑張り過ぎる必要はないんだなって。自然体でいるには、人に見せない時間をどう過ごすかが大事なのでしょうね」
SNSが普及して以来、楽しい時間を人にアピールするまでがセットで欲求が満たされるという心理が、世の中全体を覆っている気がする。けれど、人と比べてやっと保たれる自尊心って、きっと脆い。誰に共感されなくとも自分はこれが幸せだ! と胸を張って言えるものがあれば、心の奥底にあたたかな光がともるのだろう。
熊本暮らしで己を客観視
たなかさんにとっての、もう一つの光は、熊本での時間。夏には江津湖に行って泳いだり、スーパーで食材を買い込んで自炊をしたりと、東京よりも外に出て自然や土地のものに触れることが多いそうだ。
「東京では、ラジオ収録のためにタクシーに乗って『六本木ヒルズまでお願いしまッす』なんて風を切るように言っているのに、熊本の自分は湖にいる小学生たちの元気さにビビったり、買い物しているおばあちゃんと『なんもかんも高くなったねえ』と話しながらネギ背負って帰ったり。どちらもあるから勘違いをせずにいられるというか、生活を大事にしようという意識も強くなったようですし、絵を描いて生活できていることによる浮世離れを防げているのかなと思います。実際こんな生活がいつまで続けられるかなど不安も沢山ありますが、色んな土地で暮らし、色んな人と話して、自分を飽和させることで染まらずにいたいです」
熊本の家にいる、愛おしいぬいぐるみの写真も見せてくれた。名前はポリスケ(写真提供:たなかさん)。
「ぬいぐるみ作家の片岡メリヤスさんが手掛けたものです。完全手作りだからか、既製品とは違ったパワーがあって、見るたびに表情が違う感じがするんです。しばらくぶりに家に帰ると寂しそうな顔をしていたり、ご機嫌な顔の日もあったり。話しかけたり、ラグビー投げをしてパートナーと遊んであげたり、他愛もない時間を共にしています」
一にも二にも、生活
さて、最後はイラストのお話。ありのままで過ごす日常生活を何より大事にする考えを聞いていると、たなかさんのイラストにも、たしかに生活感が漂っていることが伝わる。
「イラストでは“生活の中にある実感”を描きたいと思っているので、身近にあるものを捉えて、盛らずに正直に描いています。一見するとロマンチックなものでも全部そう。人の裏側には必ず生活があるもの。それは地域や社会とのつながりの中で必然的に生まれるもので、そういうリアリティを隠さずにいたいんです」
お腹がぽっこり出ていたり、すね毛の剃り残しがあったり。完璧でない人の姿を、美化せず描いているところも正直さの表れ。
「今は、シミ取りやホワイトニング、脱毛などのアンチエイジングの施術がとても一般的になりましたよね。自分の塩梅でいろいろしてみるのはいいと思うのですが、大々的に広告され、一斉に多くの人がそれに向かって駆け出していて、社会的な圧がある気がして。その動きが大きすぎると、いくら違和感があっても興味を持たざるを得なくなってしまうんですよね。でも、根本の生活を大事にしていると、その状況から“ぬけ”て迷いが消えるというか。仕事をして、家を綺麗にして、ご飯を作って……という芯のある日々を送って、現実的に歳を重ねていけたらいいなあと思います」
Editor’s note
たなかさんの日常を見守るのは、人とのあたたかな関係性を象徴するような、ユーモアに溢れた「まぬけもの」たち。その一方で、たなかさんの考える「生活」のあり方や、物事への距離感は、地に足がついていて、とてもクール。その両極端なものの共存は、クールだけれど体温のある、たなかさんの絵、そして、どこか身近に出会っているような気がする絵の中の人物たちにも通じるのかな。たなかさんのそんなバランス感について、考えさせられた取材でした!