まぬけもの

vol.12

その人の持っている“もの”についての話を聞きながら、“まぬけ”の意味を探っていくこの連載。今回は、リメイクファッションブランド「途中でやめる」を手がける山下陽光さんのもとへ。フリマで集めたものたちから派生して、みるみるうちにインターネット時代の社会構造の話にまで展開し、「世の中、“まぬけ”な人が増えてほしい」と結論づけた山下さん。社会での生き方を見つめ直せるお話を、あなたも聞いていきませんか?

山下 陽光 やました ひかる

文化服装学院を卒業し、劇団員や借金取り、お化け屋敷のお化け、Tシャツのプリント工場勤務などのキャリアを経て、2004年にリメイクファッションブランド「途中でやめる」を立ち上げる。その翌年に古着屋「素人の乱シランプリ」(※現在は閉店)を高円寺にオープン。2011年の東日本大震災を機に地元・長崎に活動拠点を移すが、2021年より再び東京に。
Instagram @tochudeyameru

取材協力:(公財)せたがや文化財団 生活工房

全貌がみえない、おもしろ活動

山下陽光さんの生態を、一言で表すことは難しい。まず言えるのは、20年間続くリメイクファッションブランド「途中でやめる」を手がけていること。だが、単なるアパレルブランドではなく、例えばリサイクルショップで見つけてきた花瓶や子供の絵画作品をモチーフに洋服を製作し、原物とセット販売などをしている、奇想天外な洋服屋さんである。掲げるコンセプトは、“安い、速い、低クオリティ”で、数千円〜高くても1万円前後で販売。この売り上げが生活の収入源ということなので、金額面でいえばこれが本業といえるのだろう。

しかしその傍ら、ありとあらゆる独創的な活動もしている山下さん。無料でもらったものを無料であげる「ゼロ円ショップ」を開いたり、ガムテープで作られた新宿駅構内の標識案内から“修悦体”というフォントを発見したり、広島の原爆後に出現したとされる書店「アトム書房」の研究をしたり、好きなことをして自活していく理論と実践を記した『バイトやめる学校』を出版したり……。全部挙げたら、きりがない。

そんな、型におさまらない山下さんの活動の一端は、三軒茶屋の「生活工房ギャラリー」にて開催されていた『山下陽光のおもしろ金儲け実験室』(※2024年12月26日で終了)で見ることができた。

机とミシンを置いて、「途中でやめる」の制作アトリエも入居させるなど、山下ワールドの凝縮空間!今回の取材はこちらへお邪魔して、“もの”を見せてもらいながら、“まぬけ”についての考えをお伺いすることに。

アンテナが向くままに発見・収集!

まずは、古本屋や古雑貨屋などのリサイクルショップやフリマで手に入れたものをノンストップで紹介してくれた山下さん。

「レコードが全盛の今、CDはタダ同然の値段で買えて掘りがいしかない。9月から買って、もうこの量ですよ」「こっちは、山梨のリサイクルショップで買った木製のパチンコ台。子供が夏休みの宿題かなにかで作ったのかな」「1982年8月24日に製造された水を、大井競馬場のフリマで見つけたんです。この日が誕生日だという人に偶然出合えたら、プレゼントすると決めていて」「僕、開高健が大好きで。裏原宿ファッションの元ネタみたいな、無駄に派手なアメカジの装いと、被っている帽子が最高でしょ」「ポラロイドが並んだ写真を見て、90年代のInstagramじゃんとビックリ。インターネット以前のインターネットですよ!」

「まぬけもの」のコンセプトを聞いて、こちらが疑問をはさむ間もなく次から次へと収集したものを見せてくれる山下さん。収集が山下さんの活動のなかでも大きな位置を占めるようで、一時期は大井競馬場のフリマで「水辺の絵」を買い占めるという謎の行為もしていたというが、一体なぜ?!

「遊びに行った島根県の道の駅で、採れたてのワサビが販売されていて。ワサビを採れる場所が近くにあるのか?と思って『ヤマップ』という登山アプリで“ワサビ”と検索して、目撃情報をもとに目星をつけた場所に向かうと、ワサビが見つかったんです!まるで宝の地図ですよ。

その嬉しさといったら、学生時代に自分の足で古着屋をまわって、欲しいものを手に入れた時の感覚と全く同じ。ネットの普及でそういう達成感がなくなった今、古着屋巡りの楽しさはワサビ採りにとって替わったわけです。

でも、東京に拠点を移してからは採取に行きづらくなったので、その代わりに水辺が描かれている絵を買って、『ここにワサビがあったらいいな』と思う場所にワサビの絵をペタッと貼っています。水辺の絵は買い占めすぎて大井競馬場が水不足になりましたよ(笑)」。

本とネットの、おもしろ楽しい関係性

ここまで見せてくれたものと、それにまつわる話を聞くと、山下さんは素朴な生活を好む方なのか?と思えてくる。しかし、「いやいや、ネットは超便利で大好きです」と即答。そして会場の一角にある本棚コーナーで、本を紹介しながらネットの面白さを語ってくれた。

「僕は昭和生まれなので、ネット登場前後の凄まじい移り変わりは体験しているのですが、ネット登場直後の考察本などを読むと、改めてネットのありがたみが感じられます。LINEだって当然のように使いまくってますけど、これスゴすぎるでしょ? 

でも、世の中ではこんなことで喜んではいけない、といった空気がある。不景気だのなんだのって不幸だけに反応して、“シュンとするコスプレ”みたいなことばかりしている。幸せな状態を噛みしめずに、次の不幸を待っては、不幸の味の素が配られたように『前は良かったわ』って。だから、今の幸せを一つひとつ噛み締めるために、『ネット最高!』と僕は言い続けたいんです」。

かといって、「ネットだけ見よう使おう」という意味ではない。ネットの懸念点である、知りたい情報ばかり出てくるアルゴリズムを丸無視した独自の使い方を、山下さんは編み出したそう。

「通販サイトで、僕がすごく好きな本を批判しているコメントを見つけたのですが、その人のアカウントに飛んで別レビューを見てみると、『ロンドン大学日本語学科』という本を激推ししていたんです。

自分の好きな本を批判された悔しさから、敵対心を持ってその本を購入してみたのですが、これがなんと、面白かった。敵だと思っていた人と遠くに行って握手をできたような不思議な読後感でしたし、レビュー機能の活用で、思いもよらぬ世界が広がりまして」

この経験のように、別のジャンル間のつながりに勝手な面白さを見つけることが読書の醍醐味である、とも山下さんはいう。

「ネットのない暮らしが気になって、近代文明を使わずに自給自足生活をしている宗教団体『アーミッシュ』の生活について書かれた本と、刑務所でネットが遮断された生活をしていたホリエモンの著書を読み比べてみまして。ホリエモンの中にあるアーミッシュ性を探ってみましたが、共通点は見つかりませんでした(笑)。失敗読書もありますが、それもまた面白さですよ」。

本の話題も次から次へと出てくる山下さんは、日々のインプットがとにかく半端ない。オンラインの記事などももちろん読んでいるそうだが、展示会場には、それらをプリントアウトして製本したものが置いてあった。そのブースは「古インターネット屋さん」と名付けられている。
「古本屋のように、“古インターネット屋”があってもいいんじゃないか? と。僕のような昭和世代は、本やビデオなどの形ある“もの”で育った。地元の先輩に貸してもらったり、見知らぬ誰かの本やCDを中古屋で安く買ったりして、文化を引き継いできました。

けれど、ネット普及以降の世代は、形のない配信で育って、いいものを引き継ぎづらい気がします。リンクの共有はできるけども、何だか軽々しくてオススメ度に重みがないし、正直あまり読む気がしない。でも、プリントアウトして“もの”にするだけで渡された時の心持ちも変わる。“古インターネット屋”があれば、ちょっと前のいい記事が人を介して伝わっていけると思うんです」

ネットに操られる人も多いこの世の中、むしろネットを操る山下さんの思考の転換が見事である。一生聞いていられるなあ、と思っていたら、山下さんは「こういうことを一生話していたいから、洋服を作っているんです」というのだ。これまた、どういう意味?

「昔からこういうことばかり考えているのですが、これ自体は仕事にはならないし、したいとも思わないし、周りからも“ちょっと面白いやつ”と思われておしまいでした。どう生きようか悩んでいるうちに、気付いたらファッションブランドを始めて、しかもありがたいことに買ってくれる人がいて、家族を養えるだけの収入が手に入るようになった。だから、好きなことを仕事にするんじゃなくて、自分の得意で人を喜ばせられることを仕事にして、空いた時間で本当に好きなことをすればいいと分かったんです」

今こそ大事にしたいのは、気配と情緒

山下さんの「途中でやめる」が“好き”から生まれた仕事に見えるのは、きっと、どの洋服も楽しげに、そしておおらかに作られているからだろう。ネーミングにしても、「安い、速い、低クオリティ」というコンセプトにしても、“まぬけ”との親和性があるように思えてならないが、どういう意識を持って20年間作り続けているのだろうか?

「ファッションの着地点はどれもカッコイイやカワイイで、誰が決めたわけでもないのに『完成度が高くなければいけない』という考えに縛られていると感じるのですが、料理でいう自炊のように、手作りで安い“まぬけ”がファッションにもあっていいと思うんです。なので、生地はフリマやメルカリなどで安く仕入れたものを使います。僕が履いているこのパッチワークズボンもそう。『誰かに最後まで作ってほしい』と、100枚3000円で売られていた未完成のキルトを縫い合わせています。

冷蔵庫の残りもので自分なりのお手製料理を生み出している感覚で、それがお客さんには『斬新で味がある』と言ってもらえるのかもしれませんね」

子供の絵画作品をモチーフにした洋服と、その原物のセット販売も「絵も服もアート的価値は0点だけど、2つ揃っていることでリンクコーデになって(笑)、なんだかいいでしょ?」とのこと。誰もが考えもしなかった“ぬけ”からヒョイっと身を乗り出してくる山下さんに、不意を突かれて笑顔になれる。

「途中でやめる」のように、ビッグビジネスとしてお金を稼ぐわけでも、組織やシステムの枠内で労働をするわけでもない仕事は、社会にもっと作れるはずだ、と山下さんはいう。いわく、“おもしろ金儲け”である。

「困っている人を助けて、『向こうも嬉しい、私も嬉しい』状態になって、少しの代金をもらうことを繰り返すだけで、生きるのに十分なお金は稼げるはずなんです。例えば、一人暮らしのおばあちゃんの荷物を家に運んであげるとか、車できたけどお酒を飲みたい人のために運転してあげるとかだけでも、需要と供給があるんじゃないかと。世の中これだけ「オレオレ詐欺」があるのだから、その逆みたいな「ヨカヨカいいね」もできるはず! 
携帯電話やインターネットが普及しすぎたせいで、サイトや会社を通してでないと人が触れ合ってはいけないような雰囲気がありますが、気配と情緒を大切にしていきたいですよ。人の生きる世界ですから」

まぬけでいるには、直接会う頻度を増やすべし

さて、インタビューも終盤に。あらためて“まぬけ”という言葉から考えることを伺うと、ネットが普及している今の社会について語り始めてくれた。

「人はだいたい、だらしなかったりルールを守ってなかったりするのに、すべてがテキストありきで進んでいくネットによって、全員がまともに見えて、自分もしっかりしなきゃと息苦しくなっている気がします。しかもコメントやレビューがあることで、少しでも人と違うことやストレートな意見を言えば攻撃されて“正しさの漂白”をされてしまうので、平均の言葉しか集まらない場所になってしまっている。
相手を傷つけたり、自分が傷つけられることを恐れて、みんなアクセルを踏めないんですよ。だから、男女平等や多様性というわりに、その概念の範囲が決まってしまって、全員同じことしか言わないお祭りみたいになっているな、と」

それこそ、山下さんのいうような気配も情緒もないガチガチの世界だ。山下さんは決して批判的な口調ではなく、とても穏やかに、「“まぬけ”な人が増えてほしい」と呟く。

「意見を言い合って、お互いのしょうもなさを受け入れ合っていけたらいいと思うんです。でも、最初から真反対の意見で殴るんじゃなくて、お互いに踏み込んでもいい関係性であることが前提です。じゃあ、その関係性を築くにはどうするか。それはきっと、直接会って話す頻度を増やすことに尽きるのでしょう。お互いが許し、許される場所を、ネットでもリアルでも作っていけるのがいいな、と思いますね」

Editor’s note

自分のアトリエをそのまま持ってきたような会場で、ものも自分の考えも凄い勢いで語り続けてくださった山下さん。紹介しきれなかったお話も数多くありましたが、書いておきたいのが本棚コーナーの『iPodは何を変えたのか?』という本のこと。山下さんが朗読してくれた「初めて、外で音楽を聴いた人」の話にはそれこそ、胸を熱くさせる情緒がありました。『音楽で、森は爆発した』と……。そんなふうに今の世の中で見つけられていない「ぬけ」を、山下さんは探し続けているのかもしれません。ちなみに、12月に山下さんの新刊がでました。『途中でやめないごまかしリメイク』(誠文堂新光社)。「リメイク手法をほぼほぼ紹介」とのこと。ぜひチェックしてみてください。

間貫けのハコ

間があって、貫けがある。間貫けのハコへ、おかえりなさい。

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