まぬけもの

vol.09

今回たずねたのは、山岳収集家の鈴木優香さん。国内外の山を旅した際に山小屋やスーベニアショップで買い集めたお土産ものや、自身が撮影した山の景色などをプリントしたハンカチを広げながら、「もの」や「世の中」の”ま”とぬけ”について考えを巡らせてくれました。

鈴木 優香 すずき ゆか

東京藝術大学大学院修了後、アウトドアメーカーの商品デザイナーを経て独立。現在はライフワークとして世界中の山を巡りながら、道中で出合う美しい瞬間を拾い集めるように写真に収めている。山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」(2016年~)を軸に、近年は継続的に写真展の開催を行う。
Instagram @mountaincollector

唯一無二の山活動で集めていることともの

*画像:鈴木優香 写真展「旅の結晶」より。提供:鈴木優香

今回登場する鈴木さんは、“山”をめぐる一風変わった肩書きの持ち主。いわく、山岳写真家でも登山家でもなく、“山岳収集家”である。

「険しい山道に咲く力強い花、大地を彩る赤色の山肌、高原で黙々と草を食べる牛、麓のモーテルで食べたランチ……。実際に山に行って見つけた自然の造形や、旅を通して体験した出来事などを撮影した写真をもとに、2016年からプロダクトの制作や執筆を行っています。当初は写真家かデザイナーにあてはまるのかなと思いました。けれど、あらためて自分がしていることは何かと考えたときに、山の中にある美しいものや瞬間を写真に収めることで集めているのだと気づきました。そこで“山岳収集家”という肩書きが、頭に浮かんできたんです」

アクティブに活動の幅を広げる鈴木さんは、前職でアウトドアメーカーの商品デザイナーをしていた経験もあり、「昔からものが好き」とのこと。なので、山の旅では、山小屋や麓のスーベニアショップでのお土産探しは絶対に欠かせないのだそう。

「国内は北海道から九州まで各地の山を巡り、2018年からは海外トレッキングにも挑戦するようになりました。ネパールはこれまでに3度、2022年にはパキスタンにも初訪問しました。

海外だと大抵、メイン通りにお店がずらりと並んでいるので、全店舗見てからもう一巡して気に入ったものを買います。種類が豊富で選べる余地がある光景も好きだし、迎え入れるまでに悩むプロセスも楽しいですね。リュックに詰め込みすぎて、帰りのフライトの重量制限はいつもギリギリです(笑)」

そういって、商店が開けるほど集めて、一部は実際に販売もしているという「山モチーフのお土産たち」をたっぷりと見せてくれた。

パキスタンとネパールの手作り土産

まずは海外ものから。これらは、エベレストに次ぐ標高を誇るK2(ケーツー)というパキスタンの山の麓で出合ったそう。カバンには、K2への登山拠点である標高2,000m超の街、Skardu(スカルドゥ)の街名が刺繍されている。「ガサっとした生地感や、フリンジ風のトライアングルの飾りなど、明らかな手作り感に心を打たれてつい買ってしまいました」と鈴木さん。地図は紙の断裁が斜めになってプリントがずれていたり、マグネットの文字や山の影も見るからに手描きで、たしかにその愛嬌は凄まじい。

続いて、ネパール。「これは、憧れだったネパールのエベレスト街道をトレッキングした際に買ったスノードーム。中にあるのは、エベレストには見えないけれど、きっとそれをイメージして作ったであろう山ですね。台座も手作り感満載で、貼り付けられている手彫りのレリーフは高地登山のパートナーともいえる荷物を運ぶ家畜・ヤク。明るい色彩、手のひらサイズのコンパクトな形に惹かれて即買いでした」。

パキスタンに比べ、より観光地化されているネパールではお土産のバリエーションも豊富だそうで、カーペット店ではラグも発見したという鈴木さん。
「ネパールの国鳥であるニジキジと、国花であるシャクナゲが、エベレスト街道で見ることのできるアマ・ダブラムという山と共に描かれたラグ(写真中央)を購入しました。それから、女性たちが手織りをしている工房まで行き着きまして。その後、自分でデザインしたオリジナルのラグ(写真両端 *現在在庫なし)を作ってもらって、日本で販売したんです」。

フリンジの長さはバラバラ、端の処理もウネウネだが、それが手作りで大雑把な、いい味を出している。色合いや絵面も素敵に仕上がっているが、現地の方とのものづくりはスムーズにいったのだろうか?

「指定した色と全然違う色で仕上がったり、思い通りにならないことばかりです。ネパールの人は、赤やオレンジの鮮やかな服を好んで着ているからか、ラグ用の糸を染める際にも若干彩度を上げてくることが多くて。自分1人でもの作りをすると想像の範囲内で落ち着きますが、国籍も文化も違う方とのやり取りは意外な発見があって楽しいです。頼んだものと違うけれど、気に入って商品化したこともあります。というか、すでに大量に作られていてNOと言えない状況がほとんどなのですが(笑)」。

独自のデザイン文化から生まれた、
おおらかなお土産もの

さて、お次は国内の山で集めたものたち。まずは、今年の6月にポップアップショップを行うため初めて訪れたという、北海道は知床の思い出から。

「知床は、人の手を加えなくても色鮮やかな花が自然に咲く『原生花園』が各地にあって、山中でなくても野生の花がある景色に感動しっぱなしでしたね。知床国立公園の入り口にあるビジターセンター『知床自然センター』に寄った際に、知床の自然を写したポジフィルムで作ったしおりを記念に買いました」。

鈴木さんが買う山のお土産は、ポジフィルムと同じく「訪れた記念」という意味合いが強く含まれているそうで、その最たるものが山小屋に売っているピンバッチだと大量に見せてくれた。「途中から『義務感で買ってるな……』という感じがして買わなくなってしまいましたが、山に行くようになって最初に買い始めた記念土産シリーズです」と鈴木さん。

初期アイテムが出てきたところで、少し鈴木さんの山遍歴の話も聞いてみよう。山に行くようになった時期ときっかけは?

「大学院生のときです。所属していたプロダクトデザインの研究室では、山の中でデザインを語るという趣旨のゼミがあり、大学が所有する山小屋で毎年合宿をしていて。そこで、山小屋で過ごす時間の穏やかさ、自然の中で過ごす気持ちよさに触れて登山に興味を持つようになり、就職もアウトドアメーカーに決めました。入社した2011年から本格的に山に登るようになり、現在の仕事に辿り着く前から、山でしか出合えない体験に惹かれ続けていますね」

就職後は、登山用のウェアや帽子などの小物類の企画からデザインまでを行っていた鈴木さん。世の中のニーズに合わせた機能的なプロダクト作りをしていたものの、自身の生活の中に迎え入れるものに関しては、ゆったりと余裕のあるものを手元に置いておきたいと思っていたそう。

「例えば、古書店や山の麓のビジターセンターで見かけるガイドブックや図鑑もそう。この類の本は情報を伝えることが優先で、必要以上にデザインされすぎていないところが、魅力です。フォントや色の組み合わせも新鮮で、こういったゆったりとした雰囲気のものにとても惹かれます」。

「“まぬけ”は憧れ」という鈴木さんは、最近、ここまで見てきたそんなお土産たちの抜け感を真似て、紙粘土でヤクのオブジェを作ってみたそう。

「まぬけはやっぱり難しいです」と鈴木さんは言うけれど、なんともいえぬトロンとした目つきやたたずまいは、まさにまぬけのそれ!

抜け落ちてしまう些細なことを記録する

最後に、鈴木さんが作っているプロダクトの話も。鈴木さんの活動の軸になっているのは、撮影した山の景色などをハンカチに仕立てる「MOUNTAIN COLLECTOR」というプロジェクト。

光に当たると透ける薄い生地が魅力の一つで、鈴木さんいわく「山の澄んだ空気や、天候変化が激しい山で急に陽が差し込んでふわっと明るくなる瞬間、そして二度と出合うことのできない山の景色の儚さを表現するために選んだ」という。毎年新作が登場するが、売り切れたら終わり。山の景色と同様に、一期一会だ。

そもそも、布というもの自体に「ま」や「ぬけ」を感じるという鈴木さん。「人それぞれの用途に合わせて自由に使える可変性やおおらかさがありますよね。なので、このハンカチも使い方は提示せずに販売しています」。

ハンカチに映る写真は、見ているだけで不思議と心が浄化される清らかさを感じる。でもなぜ、鈴木さんは何気ない景色にこだわってシャッターを切り続けるのだろうか。

「山の思い出を人に語る時、伝わりやすい過酷なエピソードばかり話してしまいがちですが、旅の中で目の前に広がっていた景色やそこで生まれた会話や感情が必ずあって、そういう他愛もないものを残しておくために写真を撮りたいんです。なので、行く前に被写体は絞らず、いろんなものを見ながら先入観なく自分が好きだと思うものを撮っています」。

K2のベースキャンプを目指した旅の記録をまとめた書籍でも、鈴木さんはこんなことを綴っている。

「簡潔な言葉で人に語り、印象に残りやすい出来事だけを反芻することによって、少しずつ自分の中の記憶は改ざんされていく。そして語られなかったことについては、時間の経過によって少しずつ忘れていってしまう。それはとても寂しく怖いことである」。(『20220624-20220709・K2 BASE CAMP・PAKISTAN』より)

それって、日常生活や人間関係でもそうだ。本当は、些細な言葉や気遣いとか、暮らしの中でふと見つける小さな幸せほどかけがえがないもののはずなのに、日々の営みに紛れて、いつの間にか埋もれてしまう。そんな、人の性が思い浮かぶ。油断していると見逃してしまう「間」を捉え続ける鈴木さんの活動は、「語られなかったもの」の大切さを思い出させ、私たちに優しい気持ちを吹き込んでくれる。

Editor’s note

山で感じた空気感を写真にとらえ、鮮やかな手つきで色々な形態の作品やプロダクトに変換する鈴木さん。ふと買ってしまう山や観光地のお土産って、たしかに、小さな思い出が詰まっていますよね。そんな思い出をコレクションするように丁寧にすくい上げて作品に仕上げている鈴木さんのスタイルには、勉強させていただくことがありました。なお、鈴木さんがリュックサックで沢山の「もの」を持ってきてくださったのは東京・代官山のBESS MAGMAにあるBESSの「カントリーログ」。山小屋風の佇まいが、鈴木さんのものにもぴったりでした!

間貫けのハコ

間があって、貫けがある。間貫けのハコへ、おかえりなさい。