vol.09
「まぬけ」という価値観に、今を生きるヒントがあるのでは?
今回9回目の連載でお話を聞くのは、ミニチュア写真家・見立て作家の田中達也さん。生活にあふれた身の回りのものを使って、山や海、田畑などの自然や、都市空間などの風景を作り出す田中さん。その大胆な作風には、視点を変えることで、物を機能や役割から自由にする、いわば「まぬけ」の力が生かされているといいます。まぬけとクリエイティブの関係について、田中さんにお聞きしました。
田中達也(たなか・たつや)
ミニチュア写真家・見立て作家。1981年熊本生まれ。2011年、ミニチュアの視点で日常にある物を別の物に見立てたアート「MINIATURE CALENDAR」を開始。以後、毎日作品をインターネット上で発表し続けている。国内外で開催中の展覧会「MINIATURE LIFE展 田中達也見立ての世界」の来場者数は、累計270万人を突破。Instagramのフォロワーは390万人を超える。著書に「MINIATURE LIFE」、「Small Wonders」、「MINIATURE TRIP IN JAPAN」、絵本「くみたて」など。
Instagram @tanaka_tatsuya
*写真は全て2024年9月に横浜高島屋で開催された「開店65周年記念 MINIATURE LIFE展2 ―田中達也 見立ての世界―」にて撮影
反響をうけて広がっていった、 ミニチュアの世界
先日、横浜高島屋で開催された 「開店65周年記念 MINIATURE LIFE展2―田中達也 見立ての世界―」を拝見しました。作品の数々、画面上ではなく現物で見るとなお楽しかったです。改めて「見立て」について教えていただけますか?
田中センパイ
たとえば子どもって、ほうきを剣にしてチャンバラごっこをしたり、積み木を重ねてビルにして遊んだりしますよね。そうやって何かを、別のものを代わりに使って表現するのが、見立てです。
洋式トイレのフタの上に登山する人形や針葉樹を乗せた『TOTOここまで来たか…』は、見事に雪山に見立てられていました。トイレと雪山のギャップに、思わず笑ってしまいました。
田中センパイ
ありがとうございます。見慣れた景色にひと手間加えることで、まったく異なる景色を見せるのが、「見立て」の面白さですよね。
私が田中さんを知ったのは、NHKの朝ドラ『ひよっこ』(2017年放送)のタイトルバックでした。
田中センパイ
『ひよっこ』の映像では、田舎の田畑の風景や昭和の東京の街並みを、当時の日用品で再現しました。あのタイトルバックを作ったあたりから、「見立て」の表現を注目していただけるようになり、「見立て作家」と名乗るようになりました。
もともと田中さんはデザイナーとして働きながら、趣味でミニチュアの写真をInstagramに掲載していたんですよね?
田中センパイ
そうですね。2011年に結婚式を挙げたのですが、そのカウントダウンをインスタでしようと思い、撮影を始めました。最初は日付とミニチュアだけで「見立て」の要素はなかったんです。
それがなぜ、「見立て」に繋がったんでしょうか?
田中センパイ
ブロッコリーを木に見立てたのがきっかけで、身の回りにあるものと、ミニチュアの組み合わせが面白いなと思い始めました。最初はミニチュアのサイズ感を伝えるために、比較対象として鉛筆やCD、スマホといった日用品を並べていたんです。そのうち、ピーナッツの殻を船に見立てたり、赤い色鉛筆で焚き火を作ってみたり、いろいろアイデアが浮かんできました。そういった写真をインスタにアップすると、明らかに「いいね」の数が多い。これは「見立て」という要素が、人を惹きつけているらしいぞ、と気づきました。
田中さんは、なぜ多くの人が「見立て」の世界に惹かれるのだと思いますか?
田中センパイ
子どもの頃って、空に浮かぶ雲のかたちが、動物や乗り物、食べものに見えて楽しかったじゃないですか。はたまた、家の壁の木目が、人の顔に見えて怖くなったり。そういうふうに、人間にはもともと、あるものを別のものに見立ててしまう習性があると思うんです。
見慣れた風景が、別のものに見えてワクワクしたり、ビクビクしたりするのって、ある意味まぬけなんだけど、それは、脳みそがやわらかくて、知識や経験に凝り固まってないということでもある。子どものころは自然とやっていた「見立て」のドキドキとワクワクの感覚を取り戻す感じで、みなさん見てくれるんじゃないでしょうか。そういう快感でしょうね。
シンプルであればあるほど、 「見立て」は楽しい
田中さんの展覧会では、来場者が作品を撮影できるようになっていますよね。撮影するための遊びのきいた仕掛けも面白く、来場者の方々がベストポジションを探っている姿が印象的でした。
田中センパイ
どこから撮るかってけっこう重要なんです。ある角度から見ても全然「見立て」はピンと来なかったりする。でもアングルを見つけた途端、「これこれ!」と、しっくりくる。そういう発見も楽しんでほしいなと思っています。その環境を作るために意識しているのは、作品の余白ですね。
作りこみすぎない、ということでしょうか。
田中センパイ
そうですね、できる限りシンプルにしてあげることが大事だと思います。余白があって、作品の抜けがいいと、見る人に想像の余地を与えることができるんです。それこそ「ま」と「ぬけ」が大事。今回の展覧会に出した作品でいうと、『ハブ ア ライス トリップ!』が、まさにそういう作品になりました。
お米の雲のあいだを、旅客機が飛んでいる作品ですね。たしかに、お米の塊と飛行機のミニチュアだけが浮かんでいて、シンプルだけど「なるほど!」と膝を打つような作品でした。
田中センパイ
よかったです。あと、見た人に「自分でも作ってみたいな」と思ってほしくてシンプルにしているところもあります。
たしかに失礼ながら、「これなら自分にも作れそう」と思う作品もいくつかありました……(笑)。それを思いつけるかはまた別ですが。
田中センパイ
それでいいんです。日常生活でも「あれ?これ使ったら何か見立てられそう」と思ってくれたら嬉しいなって。手の込んだ作品を作るのも、それはそれで楽しいんですけどね。
巨大な回転寿司と街が組み合わさった「おスシティー」や、大量のホッチキスの芯で街並みを再現した「芯横浜(シン・ヨコハマ)」は、見入ってしまいました。
田中センパイ
動きのあるものや、大きな作品は迫力があるし、作るほうとしてもやりがいがあるんですが、写真を撮るのもなかなか難しいし、お客さんは再現するのが難しい。だから僕が日常的に発表している「見立て」とはちょっと違うんですよね。
見立てはシンプルであればあるほどいい、と。
田中センパイ
いや……これがそういうわけでもなくて。シンプルすぎると、アートっぽくなってちょっと違うんですよね。例えば、逆さまにしたお茶碗だけを置いて、「山」というタイトルをつける……そんな感じですかね。
たしかに、そうなるとちょっと近寄りがたいかもしれません……。
田中センパイ
そうですよね。コンセプトの際立った現代美術を揶揄するわけではありませんが、あくまで僕が伝えたいのは「見立て」のアイデアなので。だから、解説を読まないと一見わからないような作品は僕が表現したものとは少し違うかなと。もし僕がお茶碗をひっくり返しただけの写真を撮りだしたら、みなさん叱ってください(笑)。
孤独な余白にアイデアは生まれる
田中さんは、さまざまなお仕事で作品を発表されながら、今なお毎日「見立て」写真を更新されています。どうしてそんなにアイデアが湧くのでしょうか?
田中センパイ
アイデアというと、湧いてくるとか降ってくるとイメージされがちだけど、僕はロジックで考えるようにしています。身の回りのものを、「形」や「色」、「動き」などで抽象化して共通点を見つけるんです。例えば、何かを山に見立てたい時は、山の形を簡略化して「三角形」のものを探すようにして、おにぎりやサンドイッチをモチーフとして導き出すような感じです。
ユニークな作品がロジカルに生まれているとは驚きです。自由で柔軟な発想で、ひらめくものかと思っていました。
田中センパイ
それができたら、どんなにいいだろう……(苦笑)。でも、子どもはそれができるんですよね。幼い子たちは、日用品でも使い方がわからないから、もの自体を純粋に見つめることができて、他のものに見立てることができる。そのものの役割や使い方を知らないっていう意味での「まぬけ」は、余白があって自由ってことでもあると思うんです。
知識や経験にとらわれて、窮屈になることってたくさんありますね。
田中センパイ
僕は大人になって自由なまぬけさを失ってしまったので、ロジックでまぬけを作ってるんです。
田中さんもお子さんがいらっしゃいます。お子さんのアイデアを作品にしたことはありますか?
田中センパイ
ありますよ。テープカッターをひっくり返して、ミニカーの後ろにつけた「テーピングカー」(キャンピングカー)は息子のアイデアです。あと、マグロの寿司をパラシュートに見立てた「うまく着地できるのはひと握り」も。これは僕の普段の作品より、評価が高いんですよ(笑)。
活動が広がっていくなかで、お仕事でかかわる人も増えたと思うのですが、関係づくりで意識されていることはありますか?
田中センパイ
それこそ、「間」を大事にしていますね。仕事相手とのあいだでは、ある程度の緊張感は必要だと思うから、一定の距離感が大事です。あと、沈黙も良しとしています。ひっきりなしにしゃべるよりは、相手の言葉を吟味しながら、会話がしたいので。そのほうがアイデアも熟成されやすい気がします。あとは、これは伝え方の話ですが、極力「横文字」は使わないようにしていますね。カタカナの言葉って響きはいいけど、それでごまかされちゃう部分はあると思うんです。
新しいアイデアを生むために、余暇の過ごし方で気をつけていることはありますか?
田中センパイ
ひとりでぼんやりする時間は大切にしていますね。プラモデルやレゴ®を作るのも好きです。説明書通りに作ればいいから、頭を使わなくて済むのでリフレッシュできるし、達成感も味わえる。あと、スマホから意識的に離れるようにしています。SNSやネットの動画を見ていると、あっという間に時間を浪費してしまうし、ついつい動画を見てしまうと、ぼーっと考える時間が持てなくなるので。
ひとりの時間をいかに「まぬけ」に過ごすかが重要なんですね。
田中センパイ
僕の場合はそうですね。孤独な余白の時間にこそアイデアが生まれるので。スマホに時間を奪われないようにしてます。
なるほど、見習いたいものです……。では最後に、「まぬけのセンパイ」として後輩たちに一言いただけますか?
田中センパイ
まぬけな時間がないと、息が詰まって苦しくなると思うんです。だからこそ日々に余白を作るように意識したいですよね。日常は忙しないですが、ふと空を見上げて雲のかたちを眺めたり、仕事机のうえに並んだ道具をなにかに見立ててみたり……決まりごとに縛られない瞬間を少しずつ増やしていけたら、ふっと心も軽くなるはず。「見立て」がそんな時間の肥やしになったら嬉しいです。