vol.11

落語家
桂二葉さん

「まぬけ」という価値観に、今を生きるヒントがあるのでは?
今回11回目の連載でお話を聞くのは、落語家の桂二葉さん。全てを肯定してくれるような「落語」の世界について、まぬけとも通じる「あほ」のよさについて、うかがいました。

桂二葉(かつら・ によう)

1986年大阪府生まれ。落語家。2011年に桂米二に入門。2021年に令和3年度NHK新人落語大賞で女性初となる大賞を受賞。「女性が古典落語を演じることは難しい」と言われてきた落語界の定説を覆した。
桂二葉オフィシャルサイト

上方落語に生きる、 おかしくも愛おしい「あほ」たち

今日は大阪からわざわざ、ありがとうございます。早速ですが「まぬけ」という言葉にはどんな印象がありますか?

二葉センパイ
それなんですけど。「まぬけ」って言葉を私は使ったことないと思います。関西はあんまり「まぬけ」って言わへんのちゃうかな。「まぬけ」って言うとちょっといやな感じがする気ぃする。

あ、そうだったんですか……。たしかに、関東と関西で言葉の役割が逆転するという話は聞きます。たとえば「ばか」と「あほ」でいうと、関東人にとって「ばか」はツッコミにも使えるような親しみのある言葉だけど、「あほ」と言われると本当にけなされてるような気持ちになる。ですが、関西だとその逆だって。

二葉センパイ
そうですね。大阪人にとってもはや、「あほ」は褒め言葉です。ですけどね、一言であほっていうのも難しいんですよ。いろんなあほの形がありますから。

もちろん、あほな人は落語によく出てきます。それこそこの間、「あほの大舟」っていう独演会をやったんです。それで、あほな人が出てくる落語をたくさんやったんです。その時に、ネタを10個選んで、それぞれの噺(はなし)に出てくるあほは、いったいどういうあほなのか分類してみたんですよ。

それは、すごく面白そうですね……!

二葉センパイ
でしょ。それで、例えば「つる」っていう噺があるんですけど。つるはなんで「つる」っていう名前になったんかな、って疑問を持った人が、物知りと言われてる人に聞きに行く、っていう。そういう妙に根源的な問いをぶつけに行くんやけど。でも、そもそもつるがなんでつるになったかって、普通考えませんよね。だからこの人は「哲学派のあほ」やと思てるんです。一緒にいたら痛いとこ突かれるんちゃうか?ってちょっとこわい、ドキッとする、「この人ほんまにあほなんかな?」って思わせるようなところがあったりするわけですよ。

一歩間違えれば先生や博士になっているようなタイプのあほ、ということですね。

二葉センパイ
「天狗さし」っていう噺にも、あほが出てくるんですけど。

二葉さんが、NHK新人落語大賞をとった噺ですね!

二葉センパイ
この噺に出てくるあほは、世間にない食べもの屋さんを考えて、銭儲けしようと思ってるんですよ。それで、鞍馬山の天狗を捕まえて、天狗の肉ですき焼きしたら儲かるんちゃうか、って。その発想はいかにも大阪商人やと思うんです。回転寿司とかインスタントラーメンとか、今までの常識にないもんを生み出すような。下手したら億稼げるパイオニアになるんちゃうか、っていう。肝心なとこ抜けてるねんけど。

そうやって「あほやなぁ」って言う時って、どこかに人間としての愛らしさやおかしみみたいなのが含まれていますね。

二葉センパイ
めちゃくちゃ含まれてます。「あかんやっちゃなぁ!」みたいなね。愛情がある言葉ではあります。あほって言いながら、突き放してない。 

私たちが思う「まぬけ」にも、そういうことが含まれていると考えてるんですよ。

あほでまぬけな、 しくじり続きの修行時代

二葉さんにとって、落語の世界ではあほはどんな意味を持つでしょうか?

二葉センパイ
落語の世界は、みんながのびのび生きてて、とっても平和なんです。あほでも、知ったかぶりする人でも、偉そうにする人がおっても、いろんな人間おるよなっていう感じの世界ですね。寛大な世界です。

最近、気使って生きてはる人いっぱいいますやんか。私もつい、ええカッコしてしまうこともあるけど、もっと踏み外してもいいと思う。それこそ私自身、修業なんてめちゃくちゃでしたよ。あほで「まぬけ」なしくじりをいっぱいしてました。

芸事の修業は厳しいイメージがありますが、やはり大変でしたか。

二葉センパイ
もうそりゃ、師匠も怖いし。ほんま、毎日怒られてた。足袋に両足入れたりとか、車ぶつけたりとか(笑)。めちゃくちゃおこられるけど。そやけど、突き放すこともなく、優しいんですよ。私もくらいつくし、そこは本当に落語の世界と同じで。「こいつ、なんとかしたらんとあかん」って思ってくれはったんやと思いますね。

師匠と弟子という関係性は、落語の噺じゃないですけど、まさに人情の世界なんですかね。

二葉センパイ 
そうなんですよ。もう本当の親子みたいな感じで。入門して、すぐ家の鍵をもらうんですけど。これ、すごないですか?ほんで、その日からもう出入り自由やし。毎日行かなあかんけどね。それで私ら、お月謝払ってないんですよ。なんやったら、交通費なんかも全部くれはる。そうやって繋いできてくれはった世界なんですよ。

大学や専門学校で学ぶような現代のスタイルから見ると、かなり特殊に思えますね。

二葉センパイ
めちゃくちゃ特殊ですね。お稽古もつけてもらって、お仕事も一緒についていかせてもらったりして。で、何もない日は、お家の掃除とか洗い物とかをして。バイト終わってから師匠の家に行って、お米研いだりおネギ切ったりしてました。通帳を渡されて「振り込んできてくれるか」とか。

それは下手したら本当の家族以上というか、すごく距離が近いんですね。

二葉センパイ
ですけど、修業期間は、やっぱり師匠は怖くて。なかなか喋りかけられへんかったです。今はもう、「お父ちゃん!」って感じやけど。

やはりそこは、緊張感があったわけですね。

二葉センパイ
はい。実際に破門されそうになったこともありますし。師匠が打ち上げに行って、「お前、衣装持って帰っとけ」って言われて。「わかりました!」って言うたものの、真っ直ぐ師匠の家に行かんと、喫茶店でコーヒー飲みに寄り道したんですね。それで師匠の家に行ったら、師匠がおって。

それは、大変なことになりそうですね……。

二葉センパイ
打ち上げ行くって言いましたやん、って思いましたけどね(笑)。それで、「お前どこ行っとったんや!」って言われて。鴨川で稽古してましたって言ったんやけど、それももう嘘やってわかられてたんでしょうね……。「出ていけ!」言われました。

ええ。ものすごい危機じゃないですか。どうやって乗り越えたんですか。

二葉センパイ
それで、すぐに兄弟子に電話して、こんなんで、って説明して。ほんなら、明日の朝すぐあやまりに行けー!って。次の日、朝イチで謝りに行って、反省文書いて、なんとか許してもらいました。

やっぱり、すごい世界ですね。

二葉センパイ
でも、そういうもんですよ。喋りだけで生きていこうと思ってるのに、コーヒーなんか飲んでる場合か!ってことですよね。そもそも私は、こっちから押しかけて弟子にしてもらってるわけやし。

弟子を取った以上、師匠には一人前にしないといけない責任があるじゃないですか。そうやないと、師匠のさらに師匠から繋いできた落語そのものに対して失礼になってしまうし。だから、当たり前やけど、そこは厳しい世界ですよ。ええ加減なことしたらあかん。

そのかわり、落語に関わることは何から何まで面倒見てくれる、ということですもんね。

二葉センパイ
ほんまにそうです。

落語でやっと 自分の「あほ」を解放できた

二葉さんといえば、関西の人気番組の「探偵!ナイトスクープ」にも出られてますよね。「天井のシーリングファンでスルメを作ってみる」という回をよく覚えてるんですが(笑)。出演する皆さんがすごく真剣で熱意にあふれてらっしゃいますよね。

二葉センパイ
ほんまに。めっちゃあほなことをやってんねんけど、スタッフも探偵への依頼者も、みんな一生懸命なんですよ。私、あほ過ぎる時、泣く時あります。 

それこそ、人間らしい「あほ」がとてもたくさん出てくる番組だと思います。

二葉センパイ
そうですよね。しかも「ナイトスクープ」は依頼者の願いに真剣に向き合ってるから、ロケの時間も死ぬほど長いんです。それだけみんな必死なんです。だからとっても清々しい、気持ちいい現場ですよ。

だけどテレビだと、全く知らない人と急に話したりするわけですよね。二葉さんは以前は人と話すことが苦手だった、ということをお聞きしました。落語家になってから、コミュニケーションの方法は変わったんですか。

二葉センパイ
落語に出会うまで、自分には何にもなかったんです。自信もないから、全然喋れなかった。言葉や文字なんかも、避けて生きてきたというか。でも、逆にすごく憧れがあって。

それで落語家になって、噺を一席できるようになったら、とっても自分に自信が持てるようになって。それで喋るようになりました。元々、ほんまはいっぱい喋りたかったんですけど。

では、ずっと溜め込んでいたものが…。

二葉センパイ
そうそう!今、もう爆発してます。それはほんまに落語のおかげ。それまでは普段の生活の中でも、こうしたいな、と思ってたことがいっぱいあったけど、できひんかって。人前で自分のことを出すっていう姿にすごく憧れがあって。歌を歌う友達なんかがほんまに羨ましかった。でも、どうしたらいいのかわからんくて。ずっと悩んでたんです。

落語を覚えることによって、自分をさらけ出せるようになったわけですね。

二葉センパイ
そうですね。落語やったら、堂々と人前であほになれるし。あほな人をやる喜びっていうのがあるんですよ!そういう時って、生きているなって思います。

元々、子どもの頃は勉強もできなかったし。東京と京都の違いも全然わからんかったぐらいやから。音楽の授業とかでも、ベートーヴェンの写真があって、下に「適当な名前書きなさい」って書いてるのに、自分の名前書いたりして。

そこで「私、自分の名前書いてもうた!」って言える自分でいたかったんですよ。人がふざけてんのを見ていて「ほんまは誰よりも私の方があほやのにな」って、そういう自信はあったんです。でも、その時にそれを言ってしまうと、みんなに痛々しく思われてしまうんじゃないか、とか考えてもて。ずっと苦しかったですね。それが落語家になって、この欲求をめっちゃ満たしてるんです、今。だからすごい楽しいんです。私はずっと、こういうことをやりたかったんやな、って。

二葉さんの生き様が、落語にそのまま現れていく、というような……。

二葉センパイ
確かにそうですね。それこそ落語をやってる時に、「こんな自分おったんや!」みたいな発見をすることもあります。落語の中にはあほな人以外にも、本当にいろんな人が出てくるんです。とってもかわいそうな子どもが出てきたりもするし。

でもその噺するのは自分やし、噺に出てくる人たちは全部、自分の中から出てくるもの。せやからそこに嘘があったらあかんと思ってて。だから、落語の言い回しの中でも言いたくないことは言わへんし、自分が言わんようなことは自分の口から出てきそうな言葉に変えたりしてるんです。そういう風にやってると、自分の性格がめちゃくちゃ出てるな、ってこともあって、すごい恥ずかしい時もあります。

落語の中にも人生経験が反映されたりするわけですね。

二葉センパイ
そうですね。それこそ同じ自分でも、年取って、おばあちゃんになったから逆にできることも出てくるかもしれへんし。死ぬ間際になっても点滴ゴロゴロってしながら舞台に出てみたいな、って思てます。で、客席にたとえば若い子がいるとしますやんか。「このババア、あほやなぁ〜!」って思われたい。「どんだけ落語すきやねん!」って。そういう落語家になりたいですね。

寛容で平和な 「大人の遊び」の世界へ

落語からはなれて、普段のときも人と接する時に、人との「間」や距離感は意識しますか? 

二葉センパイ
それはめちゃくちゃ意識しますね。

どういうところに気を使ったりしますか。

二葉センパイ
とにかく私は、調子のいいことは言わんようにと思ってます。喋ってると大体「こいつチャラいな」っていう人はわかりますやん。なんとなく、信用できへんし。正直に喋る方がええよなぁって。もちろん気は使うけども。

人とすぐ打ち解けたりする方ですか。

二葉センパイ
人によりますね。でも、タクシーの運転手さんと電話番号を交換したこともあります(笑)。立ち飲み屋で隣の姉ちゃんと、とか。そんなんは頻繁にありますけど。

二葉センパイ
それにしても、落語ってほんま、今の時代と真逆の芸能やな、と思ってて。今、なんでもね、情報だけ知りたいとかで動画を早回しで見はるでしょ?それ、何がええのかなぁって思う。

落語はもっとゆったりと、お客さんに合わせて変えていくし、噺の中でもなんでもないところに面白さがあったりするんです。なんで今の一言、言ったんやろうとか。想像しながら聴くのがおもろいねんけど、そういうようなことがだんだんなくなっていくのは寂しいな、と思ってて。

動画の早回し視聴にしろ、SNSにしろ、情緒がないですよね。

二葉センパイ
ほんまにそう!もうSNS見ん方がいいと思うわ。ちゃんと自分の頭使って考えた方がいい。やっぱ我々大人が頑張っていかなあかんってよう思います。

情報社会とは無縁の、人情に包まれた落語を聴く意義というのはそこにあるわけですね。最後になりますが「まぬけのセンパイ」として、後輩たちへアドバイスをお願いできますか?

二葉センパイ
SNSのこともそうですが、今の世の中って、自分がどう見られるかってことばっかり考えてるような気がしますよね。でも、それを受けて「生きづらい」っていうのも嫌なんですよ。最近の曲でも、「生きづらい」「生きにくい」とかばっかり言ってますでしょ。もうええて!しんどいしんどい!(笑)

せやし、落語を聴きに来てほしいです。落語の中にはいろんなあほを受け入れるような、寛容で平和な世界が広がってるんですよ。落語の中のあほは、もう生き生きしてます(笑)。そんな世界を体験してほしいです。

落語って、噺家さんが喋ってるのに向き合う。お客さんが頭の中でその絵を想像するわけで、そのかたちもおおらかですね。

二葉センパイ
そうそう。この大人な遊びを広めるために、大阪で、深夜寄席をやろうと思ってます。夜まで働いてる若いサラリーマンが見に来てくれはったらいいなぁって。

今年から開催中の新企画「深夜寄席」。毎月最終金曜日の夜9時45分~11時に開演する。詳細は桂二葉オフィシャルサイトまで。

レイトショーでやるんですね。

二葉センパイ
そう!「私らだけがこの空間知ってるで」みたいな、ちょっとかっこいい遊びの場にしたいです。

間貫けのハコ

間があって、貫けがある。間貫けのハコへ、おかえりなさい。

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